心のノート〜ハッピーを自分でつくる〜

私が私をとびきり愛して幸せになるブログ。できるなら、少しだけみんなにも愛を。

脳内ルール

自分を縛っている脳内ルールです。これを手放せたら楽になるのかな?向き合うのが面倒で、あと、今まで私をつくってきた物でもあるから、厄介とはいえ、自分を否定するようで、どうしてか向き合うことに怖さがあります。でも、現状を変えたいので…。

 

 

・悪口を言ってはいけない

・話に割り込んではいけない。

・純粋であること。

・自分の話したいことを話すことができない。

・好きな人の話、みんなまたそれ?って思うかな?

・結婚して、子どもを産まないと寂しい人生、不幸せな人生って思われる。

・親しくならないと本音を言えない。

・この人なら本音が言える。

・無視される=興味ない。

・何してる?って聞けない。

・自分の行きたいところ、食べたいものを言えない。

・トイレ行ってくるって言えない。

・大勢の人の前でご飯食べることが苦手。

・何か話さなきゃ。

・行きすぎた下ネタを話すのは下品。

・女の子らしい言葉遣い。

・男の人との会話。女の子の前でなかなかできない。

・話すことがまとまらないコンプレックス。

・説明が下手。

・話するならオチがないと。

・本当はお調子者なのに、人前では恥ずかしい。

・また、うまく話せなかった。

・女の人は気遣いができないとダメ。また、うまくできなくて空回り。

・ママにうまくいっていない恋愛の話ができない。

・優しい子でいる。

・今、変な顔になってないかな?

・笑顔に自信がない。

・かわいいって思われたい。

・いい子って思われたい。

・ここは私の居場所じゃない。

・私なんていなくても変わらないじゃん。

・男の人と二人きりでいると意識しすぎちゃう。好きって思われたくない。

・あんまりネガティヴなこと言っちゃダメ。

 

まだまだたくさんあるけれど、涙が出てきて、うまく言葉にできないもどかしさと、他に何に自分が縛られているのかわからなくて、全部書き出せなくて辛いです。今まで、自分をつくってきたものだから、悪いことなのに、これを悪いと認めるのが辛いです。涙が止まらなくて、もう、死にたいって思ってしまいます。早く楽になりたい。

 

幸せじゃないって言わないで。

何で私が幸せじゃないって勝手に決めつけるの?

 

どうして、今彼氏がいないこと=幸せじゃないってなるのかな?

 

今も大好きな人。彼氏と呼べないから、幸せじゃないって決め付けるから、いつの間にか友達の前では、好きじゃない風に閉じ込めるしかなくなってしまった。

 

確かに私の好きな人に、振り向いてもらうことは難しい。でも、だから次に行きなさいって言われてしまうのは、すごく傷付くよ。

 

本当は、本音でお話ししたくても、本当のことを言ったら、幸せじゃないって決め付けるから、私は本音を言えなくなった。

 

本当は、今も大好きだって言いたいんだ。まだ、待っていたいって言いたかった。私だって、新しい出会いを期待していないわけではない。それでも、今は、新しく出会う人よりも、ずっとずっと大好きだったあの人のことが、大切なんだよ。

 

あの人といて、我慢をいっぱいしていたことに気付いたし、苦しかったこと、悲しかったこと、腹が立ったこと、こうしてほしい!こうなりたい!って、離れた今になっていっぱいいっぱい気付いたよ。今まで、無意識に期待していたことにも気付いた。自分を自分で満たすことの大切さも分かったんだ。

 

それで、私も自分を愛いっぱいに満たして、もう、あの人と自分を無理やりつなげることをやめたの。それでもあの人のこと、好きって思う私は、自己暗示でもなく、本心なんだよ。

 

ただ、まわりの幸せの価値観に当てはめられると、幸せじゃないって、思われてしまって、それが悲しいんだ。

 

確かに不満もあるけど、別に、幸せじゃないとは言っていない。今、私の幸せは、彼を含めて、また、新たな出会いに期待しているってこと。それが、もし、彼なら嬉しくて、そのとき今まで遠慮してしまったり我慢していたりした本当の自分を出せるように、自分を知ろうと、自分で自分を幸せでいっぱいにしようと思っている最中なんです。だから、今は幸せの始まりで不幸ではないの。

 

 

私は、この間の絶望よりも遥かに幸せなんだ。私が私を肯定することを、少しだけ身に付けたから、幸せなんだよ。

 

ちゃんと、結婚だってするし、子どもも育てたい。でも、その前に、一人でもハッピーでいられる心をつくって、愛を学びたいんだよ。愛が溢れる人になりたいんだよ。

 

 

今までの私だったら、たぶん、幸せじゃないように見せてしまった私が悪いって自分を責めていたけど、今は自分に、「幸せじゃないなんて決めつけられて腹がたったでしょ?」そんな私もありだよって言ってあげることができる。

 

生きていれば、幸せじゃない瞬間も幸せな瞬間もやってくる。そのとき、それをちゃんと感じる。それの繰り返し。自分の快と不快。ちゃんと見つめて、しっかり書き出して、自分の味方でいる。

 

 

 

私ってなんて素敵。そのままで大丈夫だよ。まわりの怖い言葉に惑わされないで。その道で合っているから大丈夫。やりたいようにやりなさい。失敗なんてないんだから。

先生へ

先生、あなたは私が本当に尊敬する人です。

 

正直に生きること、人と平等に関わること、揺らぐことの大切さ、優しさと強さ、純粋に心ときめくこと、あきらめず向き合うこと、寄り添うこと、人の不器用さを認めること、発信すること、勇気をもつこと、挑み続けること、学び続けることなど……たくさんのことを教えてくれました。

 

 

私が考えた計画を提案して、上司にボロボロに言われたとき、先生は、あなたは人に意見を出させることができた。それは、立派な長所であると認めてくれました。校長に文句を言ったときには、武勇伝だとたくさん褒めてくれました。ただ一人の意見に、真剣に耳を傾け、声をあげてくれました。感謝するばかりです。

 

 

教育は、これから未来に羽ばたく子どもを育てることである。それを担う私たちは、社会に意識を向け、働きかけていかなければならない。これから、子どもたちが歩む社会を知らなければならないし、豊かなものにしていかなければならない。その努力は、私たちの生きる世界の小さなことから始まる。これも、あなたが教えてくれたことです。

 

 

 

今日は、あなたがあと半年で退職することを聞きました。再任用はしないのだと。私は先生を心の支えとしていたので、ショックと寂しさが押し寄せてきました。

 

ですが、あなたの決意はやはり、輝いていました。障害児が学校教育を終えたその先の居場所を創る。より豊かな生活を送ることができるように、学ぶ作業所を創る。なんて夢のある話でしょうか。あなたがこれから追う夢は、たくさんの人の夢になります。希望です。応援しないわけにはいきません。

 

まだまだ私は、あなたの側で学びたい。どうしようもなくやるせないとき、励ましてほしい。でも、定年を迎えようとする今も、新たな挑戦をしようとするあなたの情熱を全力で応援したい。そう思えました。

 

私はあなたに出会えて本当に良かった。もう、学校にはあまり希望がないけれど、私も希望を取り戻すべく、挑戦します。

 

 

そんなとき、教え子からの近況報告。先輩になり、自力通勤をがんばっている。挑戦し続けたいです、と。

 

なんて強大なパワーでしょう。私も負けてられません。多くのことを吸収して、私も挑戦していくぞ!

愛・自己肯定

愛されたい。これは、誰からの愛で満たされるものではなかった。

 

私が望んできたのは、たった一人の愛。彼からの愛。

 

でも、これには間違いがあるらしい。

 

限定的な愛は無いのだということ。

 

気付けば私は、彼以外の人からもらう好意や親切を拒否していたように思う。無意識にそうしていることすらあった。

 

これじゃない。それは、いつも感じていたことだし、この癖はなかなか直らない。

 

目の前の現実は自分が引き起こしているそうで、きっと欲しい愛を限定してきたから、同じように私の愛も相手は受け入れようとしなかった。

 

全てを愛すること。愛に優劣はない。言葉ではわかっているけど、特別を望んでしまう。愛を限定するから苦しいはずなのに、全てを愛することで自分が満たされるという感覚が、どうしても腑に落ちずにいる。

 

無条件に愛している、と思っていた恋には、条件がたくさん付きすぎていた。もう、あなたに何をしてほしいわけじゃないけれど、本当は手放すことなんて難しすぎる。大丈夫と言ったのは、愛してほしいからで、本当は我慢もいっぱいしてきた。

 

今まで、私なりに一人にひたすらに注いできた愛情を全てに向ける。これができたら、素晴らしいけど、私にはできない。

 

そんな自分を嫌いなのだと認識する。私は私が好きだ、なのになぜ、好いてもらえないのか。それは、心の底で自分を認めていなかったから。自分が好き。他者に求めず、本当にそう思えていたか。

 

思えば、なぜかいつも自己肯定できずにいた。自分を認める手段は他者からの言葉や励まし。いいねの数。そして何より彼からの反応により、自分が満たされていたから。自己を肯定する究極の手段が彼だった。

 

頭では、それではいけないと否定し続けた自分。他者なんて気にしない、自分は自分。言い聞かせていたけど、そんなにできた人間ではない。今だって、自分と向き合うと言って、誰かに共感してもらいたいから書いている。

 

私とは、そういう人間である。

それでいい。無償の愛も分からないし、できない。誰かに愛されることを強く望んでいる。そのくせ、与えてもらう愛を選んでいる。花を見てキレイと思う。それは、本心だけど、それだけで満たされない。誰かと、できれば好きな人と共有したい。

そういう自分だ。

 

全てを愛する、それができなければ、自分を幸せになどできない。その暗示にがんじがらめになって苦しい。愛することができない、ひどい人間。

 

それが私。それでも、いいんだよ。大丈夫だよ。強がってそう言ってみる。愛されたい、今まではうまく言えなかった。愛するより愛されたい。

 

それでもいい。そんな私でも、きっと幸せになれる。

 

けっして上手に愛を与えることはできない。それが私。それでいいんだよ。強がるな。かっこつけるな。でも、できるもん!やってきたもん!って大声で言っている私もいる。

 

 

 

私なりにいつも一生懸命やっている。それが私の一番いいところ。

少しずつ

時々、ふとあなたを思い出すけど、涙は出なくなった。本当は我慢をしているのかもしれないけれど、我慢ができるようになった。

 

また会えるのだけど、会いたい気持ちと真逆の気持ち。会えそうな会えなさそうな。私は普通でいられるのかな。心が騒つかないでいられるのかな。

 

今の私はこんな人。自由に表現できる喜びを少しずつ知る。ありのままの私でいられるのかな。

 

まだ中心は、きっとあの人。でも、少しずつ取り戻す自分。

新月の願い

・私は、いるだけで人をあたたかな気持ちにさせ、優しさにあふれ、いつも若々しく、純粋な心をもった可愛らしい女神になることを意図します。

 

・私は、いつも私を大切に思い、私のささいな話を聞いてくれ、励まし、キラキラした笑顔で包み込み、ありのままの私を受け入れてくれる楽しい男性と、結婚に向けて安心したお付き合いが始まることを意図します。

 

欲張りすぎたかな?でも、これくらい願わないとね!!!

 

全てにありがとう。

 

そして、私。いつも健気にがんばってくれてありがとう。あなたが心からの笑顔で笑う毎日が訪れますように。だんだんと、笑顔も増えてきました。あとは、宇宙に身を任せていれば大丈夫。やることは、やっているのだから。今までの私も大切。今までがあるから、今の素敵な私がある。そして、さらに新しい私。もっともっとキラキラ。そんなのあたりまえ!!!!

 

 

愛してます。自分。